吉野ヶ里町 yoshinogari-town

被災地への職員の派遣

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【3月30日(水)更新】
 3月31日(木)から、佐賀県派遣隊の一員として、吉野ヶ里町の職員2名が、被災地である宮城県気仙沼市で避難所の支援等を行います。派遣期間は8日間で、4月7日(木)に帰町予定となっています。
 佐賀県派遣隊の第1陣は、31日(木)の朝8時25分から、佐賀県庁で出発式の後、佐賀空港から羽田空港経由で秋田空港へ行き、陸路で宮城県気仙沼市へ赴く予定となっています。
 なお、帰路については、陸路を栃木県経由で羽田空港まで、羽田空港から佐賀空港までを空路で移動して帰町する予定です。


【4月7日(木)更新】
 3月31日(木)から、佐賀県派遣隊の一員として、被災地である宮城県気仙沼市で避難所の支援等を行った吉野ヶ里町の職員2名が、業務を現地で次の班に引き継ぎ、4月7日(木)に無事帰町しました。
 この派遣は、佐賀県において、宮城県からの派遣要請に基づき支援に赴くもので、県職員10名と町村職員10名の計20名で隊が構成されており、現地では、1〜3人ずつ各避難所に配置され、支援物資の搬入配布や避難者リストの確認、瓦礫の片付け、炊き出し、急病人の対応など多岐にわたる支援を行っています。
 派遣期間は一隊一週間程度で、順次、別の隊が派遣され、現時点では一ヶ月間佐賀県派遣隊による支援が行われる予定となっています。
 また、本町の保健師(1名)も、4月9日(土)から、同地震の被災者の支援のために宮城県仙台市へ出発します。現地での活動は6日間で、その後は、また次の班へと引き継ぐ予定です。


【4月14日(木)更新】
 佐賀県派遣隊の第4陣として、吉野ヶ里町の職員2名が、宮城県気仙沼市へ避難所の支援へ赴きます。現在、気仙沼市では佐賀県派遣隊の第3陣が支援活動中で、16日(土)に第4陣と現地で合流しそのまま活動を引き継ぐことになります。
 なお、第4陣の派遣期間は、4月15日(金)から22日(金)までで、佐賀空港から羽田空港までを空路、羽田空港から気仙沼市までを陸路で移動予定となっています。


【4月25日(月)更新】
 佐賀県派遣隊の第4陣に参加した吉野ヶ里町の職員2名が、支援を終えて帰ってきました。気仙沼市では、支援物資の搬入搬出、仕分け、在宅の被災者への物資配布イベント、気仙沼小学校での避難所支援を行いました。
 気仙沼小学校、中学校、市民会館には、今だ1,000人を超える避難者が生活されており、市内全体では、72箇所で約6,200人の方が避難生活を余儀なくされています。
 そんな中で、気仙沼小学校に避難する小学生数名が、「楽しいことだけ書いて、悲しいことを書いてしまったら破り捨てる」という手作りの『ファイト新聞』を発行して避難者を勇気付けるなど、本当に小さな若い力が気仙沼復興に向けて大きな活力となっていました。
 現地では、引き続き、佐賀県派遣隊の第5陣が同様の活動を行っています。
 また、4月29日(金)〜5月5日(木)まで町の保健師1名が、5月14日(土)〜5月23日(月)まで町職員1名が、それぞれ被災地支援に行く予定となっています。


【5月6日(金)更新】
 5月5日(木)、宮城県多賀城市で支援活動を行った町職員(保健師1名)が、活動を終えて帰ってきました。現地では、自宅で生活する被災者の支援として、各家庭を訪問し、被災者の健康相談などを行いました。
 現在も、多賀城市では、各避難所や全家庭において、全国の自治体から集まった保健師等により、健康相談などの支援活動が行われています。
 また、5月14日(土)〜5月23日(月)に、町職員1名が、宮城県気仙沼市へ被災地支援に行く予定となっており、本町においても、職員派遣による被災地支援を継続しています。


【5月16日(月)更新】
 5月14日(土)、町職員1名が、宮城県気仙沼市へ佐賀県派遣隊第9班の一員として、支援活動に赴きました。
 現地での支援内容は、日中に気仙沼市本吉地区の支援物資の拠点となっている本吉体育館(本吉公民館と併設)で支援物資の仕分けや搬入搬出などを行い、夕方からは本吉公民館で気仙沼市職員と一緒に避難所支援を行うこととなっています。
 現在も、多くの方が避難所での生活を余儀なくされており、自衛隊の仮設風呂を利用しながら、公民館や体育館で集団生活をされているとのことです。
 今回の佐賀県派遣隊第9班は、5月23日(月)に、次の班へ業務を引き継いで帰ってくる予定となっています。


【5月24日(火)更新】
 5月23日(月)、宮城県気仙沼市で支援活動を行った町職員1名が無事、帰ってきました。派遣された職員は、気仙沼市本吉地区の支援物資の拠点となっている本吉体育館で、地区内の各避難所から要望された物資を搬出したり、全国から届けられた支援物資を搬入したりしました。
 また、夕方からは、避難所となっている本吉公民館で避難所の運営業務を行いました。現地では、ようやく仮設住宅の入居がはじまり、民地における瓦礫等の撤去もはじまったということで、今後も長期的に支援が必要な状況にあったとのことでした。
 町では、支援を続けている佐賀県派遣隊として、6月に3名の職員を派遣する予定となっています。


【6月2日(木)更新】
 本日、6月2日から、町職員1名が、佐賀県派遣隊第12班(県職員4名、市町職員6名の計10名編成)の一員として被災地の支援を行うため宮城県へ向かいました。
 今回は、6月10日(金)までの派遣となっており、宮城県気仙沼市の被災者が避難している旧津谷川小学校(岩手県一関市)で、気仙沼市の職員と一緒に避難所運営を行います。同小学校には、H23.5.30現在で、46名の方が避難されているということで、現地では、避難者の食事の準備や仮設住宅の申込み受付など様々な業務を行う予定です。
 町では、今後、同派遣隊の第14班、第15班にそれぞれ1名ずつ参加予定となっています。


【6月15日(水)更新】
 6月10日(金)、宮城県気仙沼市の被災者が避難している旧津谷川小学校(岩手県一関市)で、避難所運営を行った本町職員1名が支援を終えて帰ってきました。
 現地では、徐々に避難所から仮設住宅へ移る被災者の方が増えており、避難所も統廃合が行われているとのことです。
 また、本日、6月15日から町職員1名が、気仙沼市の被災者支援のために、佐賀空港から現地へ向けて出発しました。この佐賀県派遣隊第14班は、羽田空港へ向かった後、陸路で気仙沼市を目指し、明日の昼頃には現地に到着し、現地で活動している第13班から業務を引き継ぐこととなっています。


【6月17日(金)更新】
 6月15日から佐賀県派遣隊第14班に参加し派遣されている本町職員は、気仙沼市の大谷公民館で避難所運営を行っています。大谷公民館には、30名ほどの被災者の方が、今もなお避難所での生活を余儀なくされており、派遣されている職員は6月24日までの派遣予定で、支援物資の搬入・仕分けや薪割り、給水の手伝いなどの業務を行うこととなっています。
 また、本町からは、次の佐賀県派遣隊第15班にも1名の職員が支援活動に参加する予定です。


【6月23日(木)更新】
 本日の午後、6月22日に宮城県気仙沼市へ出発した佐賀県派遣隊第15班(町職員1名が参加)が、現地で支援活動を行っている第14班から避難所運営業務等の引き継ぎを受けて、支援活動を開始します。
 また、6月15日から10日間の派遣を受けている第14班は、本日、気仙沼市を出発して、栃木県宇都宮市を経由し、明日の午後には佐賀に帰ってくる予定となっています。
 なお、佐賀県派遣隊による宮城県気仙沼市の支援は、7月も避難所運営や行政支援など多岐にわたって続けられることとなっています。


【6月28日(火)更新】
 6月24日、佐賀県派遣隊第14班に参加した職員が帰ってきました。
 職員は、気仙沼市の大谷公民館で避難所支援として、ペットボトルを使ったハエ取りの製作、高齢者の介助、公民館庭木の剪定などを行いました。
 現在、被災地では、漁港周辺からの異臭(魚などの腐敗臭)や、ハエの大量発生などがあり、非常に衛生面において懸念が多い状況となっているようです。また、瓦礫の撤去も思うように進んでおらず、今回の津波で気仙沼市の年間のゴミの量の3倍程度が発生したとみられています。


【6月30日(木)更新】
 本日、佐賀県派遣隊の第15班に参加していた職員1名が、現地で次の第16班の隊員に業務を引き継ぎ、明日佐賀へ到着する予定です。
 職員は、宮城県気仙沼市の大谷公民館(避難者26名)で避難所運営業務を行っていました。業務内容は、薪割りや湯沸しや仮設住宅へ移られた避難者が使用していた物品の整理・収納、避難所の警備などです。
 また、佐賀県派遣隊による気仙沼市の被災地支援は、7月中も継続して行われる予定で、吉野ヶ里町からは、今後、第20班(7月27日〜8月5日)で職員1名が参加することとなっています。


【7月28日(木)更新】
 昨日出発した佐賀県派遣隊第20班に参加している町職員が、本日、派遣先の宮城県気仙沼市で第19班から業務を引き継ぎ、被災地の支援活動を開始します。
 第20班に参加している職員は、行政支援として、気仙沼市の市民課に配属され、窓口業務を行うこととなっており、来月5日に帰ってくる予定となっています。
 また、町からは、第21班にも参加する予定となっており、引き続き、被災地の支援を行っていきます。
 なお、今まで被災地で支援活動を行った職員が撮影した写真を三田川庁舎1Fロビーで来月5日まで公開中です。来月8日から19日まで、引き続き、東脊振庁舎でも展示予定となっています。ぜひ、ご覧ください。


【8月12日(金)更新】
 佐賀県派遣隊第21班に参加した職員が、無事、帰ってきました。
 派遣された職員は、宮城県気仙沼市の総合体育館「ケーウェーブ」に配属され、避難所の運営支援を行いました。ケーウェーブには、まだ130名ほどの被災者が避難所での生活を余儀なくされており、現地では徐々に復旧作業が進んでいるものの、気仙沼港周辺は未だ手つかずの状況だったとのことです。
 ただ、避難所に関しては、仮設住宅の建設も進んで二次避難場所が確保されつつあるため、市内の多くの避難所が統廃合され復興へ向けて歩き出しています。そのことにより、気仙沼市の災害派遣ニーズも減ってきているため、佐賀県派遣隊の規模も徐々に縮小されながらではありますが、現在も派遣された隊が現地で活動を行っています。
 また、今まで被災地で支援活動を行った職員が撮影した写真を、8月19日(金)まで、東脊振庁舎1F総合窓口前で公開しています。機会があれば、ぜひ、ご覧ください。


【10月11日(火)更新】
 佐賀県派遣隊第30班(10月5〜14日)の一員として、職員1名を派遣しました。第30班は、県職員2名と市町職員3名で構成されていて、空路で羽田空港まで、その後、電車を乗り継いで現地入りしました。 
 派遣された職員は、宮城県気仙沼市の市民会館で避難所支援を行っています。現地では、仮設住宅の建設に伴い、たくさんあった避難所が、総合体育館とこの市民会館の2箇所のみへと統廃合されているとのことです。
 また、気仙沼市と佐賀県との協議の結果、6ヶ月以上続いた被災地への職員の派遣も、この第30班の活動を以って終了することとなっています。


【10月14日(金)更新】
 佐賀県派遣隊第30班に参加した職員が、支援を終えて帰ってきました。
 気仙沼市では、瓦礫も半分以上が撤去されており、当初90数箇所(約19,000人)あった避難所も、仮設住宅等の建設により3箇所(約70人)となっているとのことです。また、震災から7ヶ月経過している現在、当初の支援により集まった物資の賞味期限が間近に迫っているため、数多く抱えている物資の今後の対応に苦慮されているとの報告がありました。
 このほか、生活面では、海岸沿いの信号機などはまだ復旧できていないものの、ほとんどの家庭で電気、水道、ガスなどは復旧しており、下水道についても仮設の処理施設が一部稼動しはじめているとのことです。
 なお、佐賀県派遣隊による支援は、現地のニーズ等を踏まえて、今回の第30班の活動を以って終了されました。
 吉野ヶ里町職員一同、一日も早い被災地の復興をお祈りいたします。


■佐賀県派遣隊(気仙沼派遣チーム)の現場リポート/佐賀県ホームページ
http://www.pref.saga.lg.jp/web/index/bousai-top/bousai-kinkyu/touhoku/haken/_54187.html

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